政岡動物病院勤務獣医師山口による歯の話第三回です。前回は犬の歯周病メインだったので、今度は猫メインで。
飼い主さんも猫ちゃんも獣医師もとっても困る病気の一つ、それが猫の歯肉口内炎です。
〈歯の話①〉でも少し触れましたが、猫の口内炎は恐ろしい病気です。私も口内炎が出来やすい体質で、よく頬の裏側や舌、唇の裏側に口内炎を作っていますが、水もしみるので、大好きな辛い物や揚げ物を食べられず、涙を飲んでいます。
しかし歯肉口内炎の猫を見ると、私の口内炎など全く大した事がないと思えます。口の中の粘膜が広い範囲で真っ赤になって出血もあり、痛々しいです。ご飯を食べたり水を飲みながら悲鳴をあげるような子もいます。
空腹なのに、口が痛くてご飯を食べられない状態は、非常にQOL(Quality Of Life: 生活の質)が低いと考えます。
写真①は歯肉口内炎(歯周病も併発)の猫ちゃんの口の中です。歯肉全体と、特に口の奥の方(点線〇部分。尾側粘膜と言います)が真っ赤でグズグズになっています。
実は原因がよくわかっていません。特定の細菌や、カリシウィルスが関わっていると言われていますが、はっきりしたデータはまだありません。猫エイズ(猫後天性免疫不全症候群。FIV:猫伝染性免疫不全ウィルスによる)があると悪化しやすく治りにくいのは間違いなさそうです。
症状としては、飲み食いする時に痛いので、食欲が低下しているように見られます。よく見ている飼い主さんだと「ご飯を食べたそうなのに食べない」という表現をされます。食べたら痛い事が分かっているので、食べることをためらうのです。また、毛づくろいすると痛いので出来なくなり、食べない事による栄養不足も重なって、毛づやが悪くなります。そして口臭がします。
治療方法の一つは、症状を落ち着かせるために抗菌薬や抗炎症薬を、飲み薬や注射で投与する内科療法があります。
しかし、これらの効果は一時的です。また、薬はだんだん効きが悪くなる事も分かっています。ただ、年齢や持病などによっては、内科療法しかできない状況も現実には多く存在しています。
現在、最も効果的に歯肉口内炎を抑える方法は、犬歯より後ろの歯(臼歯)をすべて抜く『全臼歯抜歯』と、それでもおさまらない場合は全ての歯を抜いてしまう『全抜歯』です。
ただし、全臼歯抜歯によって口内炎がほぼ完全におさまるのは70%くらいの猫で、全抜歯で90%程度、抜歯をしてもおさまりきらず、口内炎が再発する子は約5%と言われます。
実際に当院で抜歯をしていても、大部分の猫では改善が見られます。が、ごく一部で再発する子もいます。
歯肉口内炎の治療のための抜歯は、そういった事をご理解いただいた上であたっていく必要があります。
この抜歯による治療は、動物用の歯科ユニットという特殊な機器が無いと大変なので、鹿児島で広まり始めたのは最近の話です。それまでは、歯肉口内炎はほぼ不治の病でした。
ちなみに「歯を抜いたら食べられないのでは?」という疑問を必ずいただきますが、抜歯によって歯肉口内炎が改善した子は、ほぼ全頭で、抜歯から1~3日後には治療前より食べるようになってくれます。毛づやもよくなります。
すでに歯肉口内炎になっている猫ちゃんの治療に関して疑問などがあれば、一度診察に来ていただければと思います。
また、歯肉口内炎を極力引き起こさない、悪化させない、抜歯にまで至らせないためには、早期発見と、日々のデンタルケアはとても重要です。
愛猫が美味しくご飯を食べる日々を守るために、猫ちゃんの口の事で気になることがあれば、ぜひ一度、当院にご相談ください。
(2023年4月 山口文 DVM, Ph.D.)